選択肢と決心と
夏空が眩しい。職場では今年初めての冷房が入った。背中側の窓から吹き抜ける風の湿った匂いがなくなると、肌に目に感じる景色まで一気に夏模様になる。閉め切られたドアを開けて感じた冷気に、故郷の地下鉄直結地下街の、あの長袖でないとやってられない寒さを思い出した。
明るすぎるLEDで照らされた地下街、矩形に切り取られた空が見える階段を登って地上に出ると、蒸した空気がぶわっと(音を立てるように)全身にまとわりつく。眩しいのは空や雲だけでなくて、ビルの窓もアスファルトの道もだった。暑さや過度な冷房から逃げるように三越やらパルコやらタカシマヤに入って、服や雑貨や本を冷やかして、歌ってくれるアイスクリーム屋さんのシナモンアップルフレーバーを食べたり、その場でミキサーにかけてくれるスムージーを飲んだりしていた。夏は断然マンゴーかミックスベリーだね。
愛していた、今も愛している、故郷の夏。
ちょっと前に、ガン種病で植栽してあった桜を伐らなければならなくなってしまった植物園の話を読んでいた。つい昨日ヴィウーローズに同じものを見つけたばかりだったので、思い出してはザリザリと胸の奥が痛む。長く我が子のように育ててきた木を伐らなければいけない心痛は一体どれほどだろう。でも物語の桜と違って、ヴィウーはまだ迎えて1年と4ヶ月だ。
1年と4ヶ月。
けれどそれはやっぱり、ヴィウーローズを愛するのに十分すぎる時間だ。
ヴィウーローズは今、こぶがある以外はシュートも出ているし蕾もたくさんついていて、見た目はすごく元気。それが成長ホルモンがちょっとおかしくなっているんだなと思える程度には病気について調べている。
人の数だけ育て方があると思う。それは間違いない。ガン種になっても他の株から離してそのまま育てるやり方、そもそもガン種が出ないようにするやり方、即廃棄のやり方。他にもたくさん、あとはどれを選ぶかだけ。
多様な植物を後世に残すため、あるいはその美しさ素晴らしさを伝えるために日々世話をする植物園の人々のことを、あれほど立派に大きくなる桜を伐るのだと言い切るその人々の決心のことを、昨日からしばらく考えている。通底する愛情のことを。
もうしばらく一緒にいようね、ヴィウーローズ。まだ夏は終わらないから。